ここまでの連載で、いろいろなことを書いてきました。 役に立つことだけを価値にしなくていいこと。 豊かさは、増えたかどうかだけでは決まらないこと。 孤独は、ただ埋めればいいものではないこと。 楽しさや暇や、自分の感覚を取り戻すこと。 誰かとの関わりの中で、自分が見えてくること。 正しい答えだけでは、生き方は決まらないこと。 そして、納得の先で、人は何かを創りたくなること。
ここまで来ると、少なくとも一つは言えそうです。 人は、外側の基準だけでは生きていけない。 役に立つか。 正しいか。 評価されるか。 それだけを頼りにしていると、どこかで苦しくなる。
やはり大事なのは、もっと手前にある感覚です。 この選び方で、自分は納得できるか。 この関係の中で、自分は少し楽でいられるか。 この時間を、生きていてよかったと思えるか。 第一部でやってきたのは、たぶんそれを少しずつ確かめることでした。
役に立たなくてもいい、という話をしたかったわけではありません。 正しさを捨てよう、と言いたかったわけでもない。 そうではなく、それらの前に、自分の生を自分で引き受けられる感覚がいる、という話でした。 どれだけ整っていても、自分がそこにいなければ空いてしまう。 逆に、不器用でも、自分の納得があれば、人は前に進むことができる。
ただ、ここで終わりではありません。 ここまでは、まだ「自分」の話です。 自分の感覚が少し見えてきた。 自分にとって大事なものも、少し分かってきた。 でも、人は一人だけでは生きていない。 その感覚を、誰かとのあいだでどう生かすのか。 暮らしの中で、場の中で、毎日の関係の中で、どう育てていくのか。 そこから先の問いが、まだ残っています。
自分の生き方が少し見えてきたあとで、 次に問われるのは、 誰かと、どう生きるのか。
次からは、その話をしていきます。